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朝ドラ【虎に翼】小林薫(穂高 重親)のモデルは誰?穂積重遠は渋沢栄一の孫

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小林薫(穂高 重親)のモデル穂積重遠は渋沢栄一の孫
小林薫(穂高 重親)のモデル穂積重遠は渋沢栄一の孫

朝ドラ『虎に翼』のヒロイン寅子が法学の道に進むきっかけを与えた

穂高 重親にモデルがいるならば誰なのかをリサーチします。

小林 薫さんが演じる穂高 重親は、とてもソフトなイメージで、戦前の日本には珍しく

女性の地位についても理解があるように見受けられますが、

実際はどのような人物だったのでしょう。

目次

朝ドラ【虎に翼】小林薫(穂高 重親)のモデルは誰?

伊藤沙莉さん演じる、朝ドラ『虎に翼』のヒロイン、寅子が法曹界へ進むきっかけを与えるのは

小林薫さん演じる、穂高 重親です。

この、重鎮の雰囲気を漂わせる穂高 重親ですが、

モデルとなった人物は、いたのでしょうか?

いたのならば、誰なのでしょう?

朝ドラ『虎に翼』のヒロイン、猪爪寅子(いのつめともこ)には、

実在のモデルがいます。

それは、日本初の女性弁護士となった三淵嘉子さん。

そして、

ヒロイン猪爪寅子(いのつめともこ)が、大学進学を決めるきっかけを与える重要な役どころである

穂高 重親にも、同じようにモデルと思われる人物がいます。

それは、穂積重遠(ほづみ しげとお)氏です。

役の氏名とも似ていますので、ビンゴでしょう。

この、穂積重遠(ほづみ しげとお)氏は、とてもすごい人で

なんと、お札に印刷されている渋沢栄一の娘の子供、

渋沢栄一の初孫にあたるのです。

名家出身ですね。

そして、「日本家族法の父」と呼ばれたほどの法学者で、法学界の重鎮です。

朝ドラ『虎に翼』の穂高 重親(小林薫)のモデルはどんな人?

朝ドラ『虎に翼』のヒロイン寅子に影響を与えた穂高 重親のモデルである

穂積重遠(ほづみ しげとお)氏とはどんな人だったのでしょうか?

穂積重遠(ほづみ しげとお)氏のプロフィール

生年月日 :1883年4月11日
没年月日: 1951年7月29日(68歳没)
出身地:東京都
出身校 :東京帝国大学法学部卒業(現・東京大学法学部)
前職: 帝国学士院会員
現職 :最高裁判所裁判官
称号 :勲一等旭日大綬章

穂積重遠(ほづみ しげとお)氏は、

明治16(1883)年4月11日 に生まれて68歳で亡くなっています。

親族には祖父から従兄弟まで、

祖父:渋沢栄一(貴族院議員)
叔父:阪谷芳郎(大蔵大臣)
叔父:穂積八束(貴族院議員)
父:穂積陳重(枢密院議長)
義父:児玉源太郎(文部大臣)
弟:穂積真六郎(参議院議員)
義兄兒玉秀雄(文部大臣)


などなど、大物ばかりが並びます。


明治41(1908)年、東京帝国大学法科大学を卒業後、同大学講師就任。

同じ年に結婚もしています。

大正元(1912)年から、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカに留学し

帰国後は、東京帝国大学法科大学教授に昇任。

その後、

名誉教授、貴族院議員勅選、東宮大夫兼東宮侍従長就任、最高裁判所判事に就任

と、輝かしい経歴です。

弁護士法の性別条件をなくしたり

児童虐待防止法も制定するなど

現代日本につながる礎を築いたひとりとも言えます。

穂高 重親(小林薫)は三淵嘉子(寅子)らを育てる

穂積重遠氏は、後進の教育、特に女子法律家の育成に力を入れていました。

1929年、穂積重遠氏は、明治大学専門部女子部(法科、商科)の設立に尽力しますが、

この、明治大学専門部女子部こそが、

『虎と翼』のヒロイン寅子のモデルである三淵嘉子さんが入学し学んだ学校なのです。

当時、女性が法律を学べる高等教育機関は、ここしかありませんでした。

三淵嘉子さんは、女子部の教授を務めていた穂積重遠から民法などを学んだそうです。

穂積重遠氏はソフトな話し方だったそうなので、

ドラマで小林薫さんが演じている感じと重なります。

そして、この女子部からは、のちに日本初の女性の弁護士となる

三淵嘉子さん、中田正子さん、久米愛さんが誕生することとなるのです。

まとめ

朝ドラ『虎と翼』の小林薫演じる穂高 重親のモデルである穂積重遠氏について

お伝えしました。

現代の家族法の礎を築いた「日本家族法の父」は

日本初の女性弁護士の誕生にも尽力した人物で

寅子のモデルである三淵嘉子さんも師事した人物でした。

ドラマでは、どのように寅子に影響を与えていくのかが楽しみです。

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